白隠禅師70歳の頃、31万石の岡山の城主・池田候が参勤交代の途中で松蔭寺に立ち寄りました。しばしの清談をして、辞去せんとして、池田候は「なんなりと望まれたし」と寄進を申し出ました。松蔭寺には大勢の修行僧がいて、毎日の糧にも事欠く困窮のなかにあったにもかかわらず、白隠は小僧が壊した擂り鉢一つを乞いました。質素を美徳として、生涯のほとんどを黒衣で過ごした白隠らしい答えでした。
池田候はその無欲に感銘して、備前焼の大擂り鉢数個を作らせて届けました。
その中の1個が松掛けの鉢として残っています。
松蔭寺横にあるすり鉢の松です。
松の木にすり鉢がのっているのがわかるでしょうか?

白隠禅師が台風で折れていた松を不憫に思い、池田の殿様から贈られた鉢の一つを松の折れた部分にかぶせたそうです。
そうすると、その松は白隠禅師の気持ちに応えるようにぐんぐんと鉢をかぶったまま立派に伸びました。
不思議とその鉢は台風が来ても嵐が来ても落ちることがなかったそうです。
現在の鉢は昭和60年に取り換えられた鉢のようです。
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