白隠禅師は禅芸術の最高峰というべき書画を残しています。強烈な個性を発揮した独自の世界を創りだしています。ユーモラスな文字絵も描いています。自由闊達な人物を想像させます。
慧鶴と名乗っていた22歳の頃、松山藩の家老奥田氏に招かれ、多くの書画を見た中に、妙心寺の大愚宗築和尚の墨蹟がありました。技巧的には巧みではありませんでしたが、絹に巻き、筐に入れて大切に扱われているのは、文字の巧拙に関らず、和尚の徳の故だと慧鶴は気付きました。これより、文筆に興ぜず、一心に道を求めました。その際のカルチャーショックは白隠の精神の奥で熟成され、自由奔放な作風になったのでしょうか。
関西の鑑識家で、白隠画の蒐集家だった山本発次郎氏(故人)は、ルソーもピカソも、白隠の傑作を見たら、絵筆を投ずるに違いない。雪舟もミケランゼロもダ・ビンチも平伏するより他にないと、特に白隠の晩年の作品を絶賛しています。東京京橋の近代美術館に白隠の『出山釈迦像』が、他の近代的な絵に伍して並べられたことがあったが、決して古く感じさせなかったそうです。
ヨーロッパの人達にとって、墨絵は全くの異文化でしょうが、スイス・ドイツ・スペインなどで、白隠の展覧会が開かれ、好評でした。魂のこもった芸術はハートに響くのです。
オーストラリア・ウィーンでは、毎日1000人以上の人が訪れて、いつも満員で、テレビでも紹介されたそうです。
白隠が好んで描いた達磨像は百数十点あり、このエネルギーは現代人が倣うべきかもしれません。


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